ヴェルヌの作品の文明批評・風刺精神が近年再評価

  • 2017.02.08 Wednesday
  • 07:49


 

 

ヴェルヌは、1883年にはアミアン市会議員に当選し死ぬまで在職しました。晩年には甥ガストン・ヴェルヌに襲撃されたこともあり、悲観主義的傾向が強くなったと言われますが、初期の作品『二十世紀のパリ』に見るように、悲観主義的な一面は当初から持ち合わせていたようです。

 

 


ヴェルヌは、1900年に白内障を患います。糖尿病が悪化し、1905年3月24日アミアンのロングヴィル大通り44番地の自宅(現・ジュール・ヴェルヌ記念館)で死去、市のマドレーヌ墓地に埋葬されました。ロングヴィル大通りは、ジュール=ヴェルヌ街と改名されています。


ヴェルヌの作品はつい最近まで「子供向け」「低俗」と批評されていました。しかし、その驚くべき科学技術の進歩に対する予言の忠実さや『二十世紀のパリ』に代表される文明批評・風刺精神を、近年再評価する向きが出てきています。

 





 

 

ヴェルヌは、エドガー・アラン・ポーが小説に科学的事実を取り入れる技法に関心

  • 2017.02.08 Wednesday
  • 07:47


 

 

1848年、ヴェルヌは父の勧めによりパリの法律学校に進みました。そこでヴェルヌは多くの芸術家たちと交流しました。パリでの生活は充実したものでしたが、金銭面ではあまり余裕のない生活でした。アレクサンドル・デュマ父子と出逢い、劇作家を志すようになりました。

 

 


ヴェルヌは、自然科学の論文も読んでいました。1840年代に、彼のお気に入りの作家であったエドガー・アラン・ポーが、小説に科学的事実を取り入れることによって、物語に真実味を持たせるという技法を示し、これに興味を持つようになっていきました。


ヴェルヌは、友人フェリックス・ナダールが製作した気球に触発されて、1863年に書いた冒険小説『気球に乗って五週間』が大評判となり、流行作家となります。彼は編集者のジュール・エッツェルと契約を結び、生涯にわたって科学・冒険小説の傑作を生み出します。

 





 

 

あなたは、ジュール・ヴェルヌの小説が好きですか?

  • 2017.02.08 Wednesday
  • 07:45


 

 

Twitterで「あなたは、ジュール・ヴェルヌの小説が好きですか?」と質問し、706人が回答してくれました。結果は、とても好き07%、まあ好き13%、好きではない03%、知らない77%でした。

 

 


ジュール・ガブリエル・ヴェルヌ(1828年2月8日-1905年3月24日)は、フランスの小説家です。ハーバート・ジョージ・ウェルズとともにサイエンス・フィクション(SF)の開祖として知られ、SFの父とも呼ばれています。


ジュール・ヴェルヌは平和主義者・進歩主義者として有名でした。ボナパルティズムを奉じるナポレオン3世に常に批判的でした。また被圧迫民族解放の擁護者で、彼の作品にはネモ船長をはじめ「虐げられた民族」が様々なところで登場します。

 





 

 

バロウズは、「カットアップ」という実験的な手法を発明

  • 2017.02.05 Sunday
  • 23:13


 

 

ウィリアム・バロウズは、文章をバラバラに刻んでランダムに繋げる「カットアップ」という実験的な手法の発明者で、この手法を駆使した作品を何作か発表していますが、1980年代に入ってからはストーリー性を重視したスタイルに移行しています。

 

 


『裸のランチ』は、1992年にカナダの映画監督デヴィッド・クローネンバーグにより映画化されました。ただ、作品は原作を忠実になぞったような性格のものではなく、あくまでバロウズの作品を元に、クローネンバーグによって新たに再構成された、オリジナル作品です。


晩年のバロウズは、神格化され、多数の映画にカメオ出演しました。作品の邦訳は、鮎川信夫、諏訪優、飯田隆昭、山形浩生、柳下毅一郎らによって行われています。若い世代のアーティストにも影響を与え続けています。

 





 

 

バロウズは1953年にデビュー作『ジャンキー』を発表

  • 2017.02.05 Sunday
  • 23:12




ウィリアム・バロウズは、1949年からメキシコ・シティに住み、1953年にデビュー作『ジャンキー』を発表しました。しかしアメリカの文学界における反響は皆無で、一時は作家として生きていくことを諦めました。

 


1953年、ウィリアム・バロウズは、モロッコのタンジールに移住し、同時に15年以上浸ったドラッグと決別する姿勢を見せ始めます。1959年、ギンズバーグらの熱心な勧めと手助けにより、書き溜めた文章を元に構成した小説『裸のランチ』を発表します。


ウィリアム・バロウズの『裸のランチ』の内容は猥褻かつグロテスクなものであり、アメリカ政府から発禁処分を受けるはめになります。しかしこのことがかえって話題となり、実験小説の雄として祭り上げられました。

 





 

 

あなたは、ウィリアム・バロウズの小説が好きですか?

  • 2017.02.05 Sunday
  • 23:11


 

Twitterで「あなたは、ウィリアム・バロウズの小説が好きですか?」と質問し、677人が回答してくれました。結果は、とても好き07%、まあ好き06%、好きではない04%、知らない83%でした。

 

ウィリアム・シュワード・バロウズ二世(William Seward Burroughs II、1914年2月5日-1997年8月2日)は、アメリカの小説家です。1950年代のビート・ジェネレーションを代表する作家の一人です。


ウィリアム・バロウズは、1960年代にJ・G・バラードらによってニュー・ウェーブSFの輝く星として称えられました。パフォーマンス・アーティストのローリー・アンダーソンらによって、最大級の賛辞を受けています。

 





 

 

ジェームズ・ジョイスの作品世界はダブリンに根差す

  • 2017.02.02 Thursday
  • 10:27


 

 

ジェームズ・ジョイスは青年期以降の生涯の大半を国外で費やしていますが、ジョイスのすべての小説の舞台やその主題の多くがアイルランドでの経験を基礎においています。彼の作品世界はダブリンに根差しており、家庭生活や学生時代のできごとや友人が反映されています。

 

 


ジェームズ・ジョイスは、英語圏のあらゆる偉大なモダニストのうちでも、最もコスモポリタン的であると同時に最もローカルな作家という特異な位置を占めることになっています。

1941年1月11日、ジョイスは十二指腸潰瘍穿孔の手術を受けます。1月13日午前2時、眼を覚ましたジョイスは再び意識を失う前に妻と子供を呼ぶよう看護婦に伝えました。その15分後、家族が病院へ駆けつけている途中にジョイスは息絶えました。


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ジェームズ・ジョイス、パリ時代にT・S・エリオットら文学者と交流

  • 2017.02.02 Thursday
  • 10:26


 

 

ジェームズ・ジョイスは、パリ時代(1920年-1940年)にT・S・エリオットやヴァレリー・ラルボー、サミュエル・ベケットといった文学者との交流が生れました。

 

 


パリでの『フィネガンズ・ウェイク』執筆中はユージーン・ジョラスとマライア・ジョラス夫妻が、ジョイスの手助けをしました。夫妻の強い支持とハリエット・ショー・ウィーヴァーの財政支援がなかったならば、ジョイスの著書は出版はおろか脱稿さえしなかった可能性が高いです。

ジョラス夫妻は伝説的な文芸雑誌『トランジション』にジョイスの新作を『進行中の作品』の仮題で不定期連載しました。この作品の完結後につけられた正式タイトルが『フィネガンズ・ウェイク』(Finnegans Wake)です。


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ジェームズ・ジョイス、フランク・バッジェンとは終生の友人に

  • 2017.02.02 Thursday
  • 10:25


 

 

第一次世界大戦が勃発し、ジェームズ・ジョイスは、1915年にチューリッヒへ移住しました。知り合ったフランク・バッジェンとは終生の友人となり『ユリシーズ』『フィネガンズ・ウェイク』の執筆では絶えずバッジェンの意見を求めるほど信頼するようになりました。

 

 


ジェームズ・ジョイスとエズラ・パウンドが対面したのは1920年ですが、パウンドはイェーツとともに尽力して、ジョイスにイギリス王室の文学基金や助成金をもたらしたり、ジョイスのために『ユリシーズ』の掲載誌を紹介するなど、さまざまな協力をしました。

ジェームズ・ジョイスは、エズラ・パウンドによりイギリスのフェミニストである出版社主ハリエット・ショー・ウィーヴァーに引き合わされました。彼女はジョイスのパトロンとなり、執筆に専念できるようその後25年にわたり数千ポンドの資金援助をしました。


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あなたは、ジェームズ・ジョイスの小説が好きですか?

  • 2017.02.02 Thursday
  • 10:22


 

 

Twitterで「あなたは、ジェームズ・ジョイスの小説が好きですか?」と質問し、533人が回答してくれました。結果は、とても好き07%、 まあ好き08%、好きではない05%、知らない80%でした。

 

 


ジェイムズ・オーガスティン・アロイジアス・ジョイス(James Augustine Aloysius Joyce、1882年2月2日?1941年1月13日)は、20世紀の最も重要な作家の1人と評価されるアイルランド出身の小説家、詩人です。

ジェームズ・ジョイスは、画期的な小説『ユリシーズ』(1922年)が最もよく知られており、他の主要作品には短編集『ダブリン市民』(1914年)、『若き芸術家の肖像』(1916年)、『フィネガンズ・ウェイク』(1939年)などがあります。


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