映画「ザ・セル」、不気味で残酷で、しかし美しい世界、新しい映像地平に

  • 2016.01.18 Monday
  • 16:22




「ザ・セル」(2000年)は、ターセム監督作品です。拉致されている被害者の居場所を知るために、意識を失った犯罪者の意識に入り込むという発想自体は、ありふれたものです。しかし、錯乱した精神世界を奔放に映像化しようとするターセム監督にとっては、またとないキャンバスです。さまざまな倒錯的な映像が、尖った美意識でフォルム化されています。

不気味で残酷で、しかし美しい世界。ぞくぞくします。既存のアーティストのアイデアを寄せ集めた感があり、個々のシーンの独創性は少ないものの、ここまで徹底すれば新しい映像地平といえるかもしれません。衣装の石岡瑛子も大健闘しています。

少年期に虐待を受け、深いトラウマを抱えて猟奇的な殺人を繰り返す犯罪者カール・スターガーをヴィンセント・ドノフリオが演じています。絶句するほどの迫力。彼の代表作の一つになるのでないかと思います。そして、彼の意識に入り込む精神科医キャサリン・ディーンは、ジェニファー・ロペス。 現実世界の意志的な性格と、精神世界でのめくるめくような七変化の対比が楽しめます。



映画「見出された時」、パッチワークのように時空が自由に断片化

  • 2016.01.18 Monday
  • 16:15




「見出された時」(1998年。フランス・ポルトガル・イタリア合作)は、ラウル・ルイス監督作品です。マルセル・プルースト「失われた時を求めて」の最終編「見出された時」を中心に映画化しました。

ハリウッド映画を見なれていると、序盤での「つかみ」の展開に慣れてしまいます。しかし、この作品はゆっくりと静かに物語を進めていきます。最初はとまどうものの、やがてゆるやかに物語に入り込んでいけます。そうしないと、まどろみがやってきます。

戦争という過酷な状況にありながら、ドラマチックからは程遠いです。夢のようにすべてがファンタジック。パッチワークのように時空が自由に断片化しています。

多くの登場人物が複雑な関係を持ちながら、移ろっていく。説明が少ないので、ラウル・ルイス監督が自ら語っているように、原作を知らないと分りづらいです。

ただ、マルセル自身が失われた時、忘れられた時代を新たに見い出すものとして、芸術の価値を噛み締める結末は、じんわりと感動的で余韻が長く残ります。

キャスティングがすごい。すごすぎます。監督は、貴族に憧れるマルセルの視線を意識した配役だといいますが、カトリーヌ・ドヌーヴ、エマニュエル・ベアール、マリ=フランス・ピジエと並ぶと、壮観です。

ジョン・マルコヴィッチも屈折したシャルリュス男爵を熱演していました。有名な俳優たちにまぎれて、マルセル役に無名の俳優を置く辺りに、監督の優雅な遊びを感じました。



映画「ぼくの国、パパの国」、異文化のきしみを孕んだ家族を、辛らつに、コミカルに

  • 2016.01.18 Monday
  • 15:51




「ぼくの国、パパの国」(1999年。イギリス映画)の原作「eeast is east」は、父がパキスタン人、母がイギリス人の家庭に生まれたアユーヴ・カーンが初めて書いた自伝的な戯曲です。最優秀ウエストエンド戯曲賞を受賞するなど絶賛されました。

アイルランド出身のダミアン・オドネル監督が、初長篇で映画化しました。カンヌ国際映画祭第1回メディア賞を受賞しています。

パキスタンとイギリス。異文化のきしみを孕んだ家族を、辛らつに、コミカルに描くという困難な課題を克服しています。権威をふりかざし暴力をふるう父親。ともすれば悪者にされがちな父親への温かいまなざしが、作品に深みをもたらしました。

末っ子のサジをはじめ、兄弟の個性がきらめきます。多兄弟家族の雰囲気が楽しい。そこに文化の違いによる危機が訪れます。父親役のオーム・プリーの熱演も評価しますが、何といっても最後にびしっと決めた母親役のリンダ・バセットがうまい。それにしても、あんなに下ネタが満載とは思いませんでした。



映画「BROTHER」、ハリウッドのビジネス・システムと北野武監督の作家性

  • 2016.01.18 Monday
  • 15:44




「BROTHER」(2001年)は、日・英合作による国際的なプロジェクトです。ハリウッドのビジネス・システムと北野武監督の作家性を生かし合う映画製作手法としては、注目すべき成果を上げたといえるでしょう。しかし、作品としてはやや期待はずれでした。

「HANA-BI」で確立した独自の映像文法が失われ、おびただしい殺戮が続くだけです。「ハラキリ」を盛り込むなど海外を意識しすぎたサービスも不快。北野流という作品は、こんなにうすっぺらだったのでしょうか。

ほとんど死ぬためにロサンゼルスへ渡った山本を、ビートたけしならではのセンスで演じています。その虚無感はなかなか良いです。しかし縄張りを拡大するための犠牲死や日本人の連合が、物語を安易な方向へと転がしていきます。マイノリティ同士の友情というほのかなテーマ性はあるものの、見終わったあとの欠落感は否定できません。



映画「アンブレイカブル」、肩すかしのような真相

  • 2016.01.18 Monday
  • 15:40




「シックス・センス」の衝撃のラストが記憶に新しいナイト・シャラマン監督の「アンブレイカブル」(2000年)。列車事故で乗客131人が死亡しましたが、ただ一人だけ無傷のままの生存者がいました。今回は最初に大きな謎を提示し、見る者を引き付けます。どんな奇抜な展開になるのかとわくわくさせられました。

しかし、予想だにしないストーリーではありませんでした。肩すかしのような真相。最も犯人らしくない人物が犯人であるという定石に沿った結末です。伏線の張り方は、うまいものですが。

ブルース・ウィリスとサミュエル・L.ジャクソンという取り合わせも、生かされているようには思えません。ブルース・ウィリスは「ダイ・ハード2」(レニー・ハーリン監督)のころから、アンブレイカブルだったし、サミュエル・L.ジャクソンが虚弱な妄想家というのもしっくりきません。



映画「ペイ・フォワード 可能の王国」、直球タイプの社会派作品、唐突な結末で一気に下品に

  • 2016.01.18 Monday
  • 15:32




「ペイ・フォワード 可能の王国」(2000年)は、ミミ・レダー監督作品です。世の中を変えるには、何をすればいいのか。少年のアイデアが、人々を変化させていきます。直球タイプの社会派作品です。

ケビン・スペイシー、ヘレン・ハント、ハーレイ・ジョエル・オスメントという芸達者がそろいました。特にアル中のシングルマザーを演じるヘレン・ハントのうまさにうなりました。95%までは、とても良い仕上がりでした。

しかし、唐突な結末で一気に下品な映画になりました。社会活動をする人は殉教者にならなければならないのか。この映画の基本は誰もが行なえる善行だったはずです。

そこまでして、観客の涙を搾り取らなければ気がすまないとは、なんとあさましい考えでしょう。「ディープ・インパクト」 もそうでしたが、ミミ・レダー監督は良い作品をラストで台なしにする天才です。



映画「レンブラントへの贈り物」、レンブラントのような光と影の魅惑的な映像

  • 2016.01.18 Monday
  • 14:37




「レンブラントへの贈り物」(1999年品。フランス=ドイツ=オランダ合作)は、知的なサスキア、官能的なヘンドリッキエ、母性的なヘルティエという3人の女性に支えられながら、不器用に生きるレンブラントの生涯を描いています。

監督のシャルル・マトンは、画家でもあるので、レンブラントの作品のような光と影の魅惑的な映像をつくり出し

ています。出演俳優に合わせて描かれる作品の顔を書き替えるという思い切った試みも評価します。2000年セザール賞美術賞を受賞しています。

ただ、レンブラントをはじめ、登場人物が描けていません。悲劇の連続に苦しみながらも次々と作品を完成させていったレンブラントの内面が伝わってこない。それぞれの女性たちの思いも宙に舞っているようにつかみどころがありません。

出だしは、様々な仕掛けを楽しむ事ができましたが、サスキアが死んだ後は急に地味な展開になったように思います。



映画「ハンニバル」は、派手な割りには映像に濃密感がない

  • 2016.01.18 Monday
  • 09:41




「羊たちの沈黙」(ジョナサン・デミ監督)から、10年間待っていた続編、リドリー・スコット監督の「ハンニバル」(2001年)。派手な割りには映像に濃密感がありません。上げ底な印象を受けます。

原作の深みが失われ、恋愛ものに猟奇がプラスされただけになっています。二人の心の闇という共通点も無視されています。時間的な制約があるにせよ、分りやすさを狙い過ぎました。ハリウッドの御意向とはいえ、クラリスが最後まで覚醒し抵抗していたのも、物足りません。

街の印象を変ぼうさせる監督らしく、フィレンツェを陰惨な暗い街に描いていた点は、評価できます。オープニングタイトルで、平和を象徴する鳩の群れがレクターの顔に見えるというアイデアも面白い。レクターの犯行写真をちらっと見せるサービスも嬉しい。

そして、やや出し惜しみ気味だったものの、脳の活づくりによる晩餐シーンは、ブラックなユーモアが見事です。ただ、メイスン・ヴァージャーが豚に食われるシーンは、もう少しサービスしてほしかったです。



映画「スターリングラード」、戦場のおびただしい殺りくと一人のスナイパーをめぐる人間劇

  • 2016.01.18 Monday
  • 07:41




「スターリングラード」(2000年、アメリカ・ドイツ・イギリス・アイルランド合作)は、ジャン=ジャック・アノー製作・監督・脚本の作品です。

ドイツ、ソビエト双方で100万人以上が戦死し、第2次世界大戦で最も悲惨な戦いと言われるスターリングラード戦。その中で、次々に敵を射殺しナチス・ドイツを破滅に導いた天才スナイパー、ヴァシリ・ザイツェフがいました。組織的な軍隊による圧倒的な破壊・大量死を特徴とする近代戦争で、実は一人の技量に頼る狙撃が大きな役割を持っていた点に目をつけたのは、さすがアノー監督です。

戦場におけるおびただしい殺りくと、一人のスナイパーをめぐる人間劇が、絶妙なバランスで描かれています。脚本の密度が高い。だから、大味の戦争ものにも、ヒーローの恋愛ものにも陥っていません。戦争と人間をみつめる視座が確固としています。そして声高に反戦を訴えている訳ではありませんが、戦争の哀しみが全編を覆っています。

強い意志と深い悲嘆をひめた瞳。ヴァシリ・ザイツェフを演じたジュード・ロウが、圧倒的な存在感を放ちます。政治的理想と個人的欲望に引き裂かれる政治将校役のジョセフ・ファインズは、自然体でその振幅を表現してみせます。ドイツ側の冷徹なスナイパーをエド・ハリスが渋く演じています。彼の目にも哀しみが宿っていました。 

半面、後に首相に登りつめるフルシチョフを演じたボブ・ホスキンスが、ひどく嫌なやつにみえたのもアノー監督の狙い通りだったのでしょう。



1970年代、爽やかさが残る甘酸っぱい青春映画「あの頃ペニー・レインと」

  • 2016.01.18 Monday
  • 00:10




キャメロン・クロウ監督・脚本・製作の「あの頃ペニー・レインと」(2000年)は、1970年代を舞台にロックグループとグルーピーと音楽ライターの関係を描いた懐かしさいっぱいの作品です。皮肉屋のキャメロン・クロウにしては、爽やかさが残る甘酸っぱい青春映画に仕上がっています。

クロウ自身の自伝的な要素が強いことが影響しているのでしょうか。主人公のウィリアム・ミラーが、あまりに純粋で一途すぎるのが、気にかかります。美化とまでは言いませんが、少年らしい迷いや恐れを、もっと強調しても良かったのではないでしょうか。

サイモン&ガーファンクル、ザ・フー、イエス、ロッド・スチュアート、ディープ・パープル、レッド・ツェッペリン。次々に流れる曲に酔いしれていたので、幾分点は甘くなります。「スティル・クレイジー」(ブライアン・ギブソン監督)に比べると腰が弱い感じもしますが、別な質感を狙ったともいえます。



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