映画「キサラギ」は、次々に主役が変わり、ボケとツッコミがめまぐるしく入れ替わる

  • 2015.12.28 Monday
  • 08:22




「キサラギ」(2007年)。監督は佐藤祐市。脚本は「ALWAYS 三丁目の夕日」の古沢良太。2003年から、長い時間をかけて企画を練り込みました。

こんなに嬉しくなる作品は、1年に何本もありません。焼身自殺したマイナーなD級アイドル・如月ミキ。ファンサイト知り合った男5人が、彼女の1周忌に集まります。最初は、思い出話で盛り上がりますが、やがて本当に自殺だったのかと疑問が広がり、「彼女は殺されたのだ」と、熱い推理が始まります。

真相を探るうちに、ファンと思われていた各自の驚くべき秘密が明かされます。最初は,小ネタで笑いをとり、やがて怒濤の展開になだれ込みます。

ののしり合いやつかみ合いはあるものの、会話中心の室内劇です。しかし,全く飽きさせない緻密で巧みな脚本。小栗旬、ユースケ・サンタマリア、小出恵介、塚地武雅、香川照之が、それぞれの個性を生かし合ったコラボレーションを見せます。5人のあうんの呼吸が気持ちよい。

次々に主役が変わり、ボケとツッコミがめまぐるしく入れ替わります。「ええっ!」「おおっ!」と、心の中で声を上げ続けました。ハイテンションの集団コントが続き、最後は、信じられないくらいに暖かな気持ちにさせられました。エンドロールまで、しっかりあんこが詰まっている傑作。この映画は古くて新しい。



名作ファンタジー小説の映画化「ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女」

  • 2015.12.28 Monday
  • 08:05




アンドリュー・アダムソン監督の「ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女」(2005年。アメリカ映画)は、「指輪物語」と並ぶC・S・ルイスの名作ファンタジー小説の映画化です。

第二次世界大戦のロンドンの空襲を逃れて疎開したペベンシー家の子どもたち、ピーター、スーザン、エドマンド、ルーシーの4人は、魔法の国ナルニアで、戦争に巻き込まれます。この辺の設定はなかなかユニークです。しかし、その皮肉な運命に、子どもたちはあまり悩むことなく、身をゆだね参加していきます。

後は、ずいぶんと単純で、善悪が鮮明で、都合の良い展開が続きます。すべてが上滑りでドラマに欠けています。ストーリーが進んでも、子どもたちが魅力的になりません。子役のルーシー・ペベンシーは、確かにうまいですが演技が心に響きません。お金をかけたはずのCGは、丁寧につくっていることは分かりますが、躍動感に欠けます。「ロード・オブ・ザ・リング」はおろか、「ハリー・ポッター」シリーズのレベルにも達していません。



映画「ブロークバック・マウンテン」は、2人のカウボーイの切ない愛情物語

  • 2015.12.28 Monday
  • 07:57




「ブロークバック・マウンテン」(2005年。アメリカ映画)。アン・リー監督は、ワイオミング州ブロークバック・マウンテンの雄大な自然を背景に、2人のカウボーイ、イニスとジャックの激しくも切ない愛情の物語を描き切りました。大自然の中で時間を過ごすうちに、関係が深まります。

少年時代に、同性愛者殺害シーンを父親に見せられたイニスが、同性愛に目覚めて激しく苦しむシーンが痛々しいです。会話ではなく、眼で感情を表現する場面が多いです。そして会話には、ウイットと毒が潜んでいます。

アクション大作「グリーン・デスティニー」とは別な形で、自然の美しさが生かされています。細部の仕掛けも見事。ラストでシャツがとても大きな感動を運んできます。

「ブラザーズ・グリム」のヒース・レジャーと「デイ・アフター・トゥモロー」のジェイク・ギレンホール。ポイントを押さえながら、全体としては抑えた演技が、リアルさを醸し出しています。イニスの妻アルマ役のミシェル・ウィリアムズは、「ランド・オブ・プレンティ」の清清しい演技とは対照的な重苦しい演技を見せます。

「プリティ・プリンセス」シリーズのアン・ハザウェイが積極的なテキサス娘を演じていたのには驚かされました。それぞれの眼の演技が素晴らしかったと思います。イニスの娘をはじめ、女性たちの演技が全体を支えていました。



映画「ホテル・ルワンダ」、和平ムードが、血なまぐさい大量虐殺へ

  • 2015.12.27 Sunday
  • 22:49




「ホテル・ルワンダ」(2004年。イギリス・イタリア・南アフリカ合作)は、テリー・ジョージ監督作品です。

配給元ライオンズ・ゲート社が日本国内の配給会社に買い付けの打診をしましたが、米アカデミー賞にノミネートされたことで映画の付加価値が上がり、高い提示額を示したため、日本側はその金額で採算を取るには難点があると判断し、買い付けを申し出ませんでした。

2005年6月8日に、ソーシャルネットワーキングサイト「mixi(ミクシィ)」で水木氏が「ホテル・ルワンダ」が上映されないことを掲示板で知らせました。掲示板をきっかけに、全く面識のなかった映画ファン7人が19日、東京都新宿に集まり、「『ホテル・ルワンダ』日本公開を求める会」を結成。6月24日にサイトを開設、7月1日から署名活動を開始。ネット上の口コミで署名活動は急速な広がりを見せました。10月、メディア・スーツの配給で2006年正月第2弾作品として、日本での公開が決まりました。署名は4595人に上りました。

1994年にアフリカの小国ルワンダで起こった多数派フツ族による少数派ツチ族の大量虐殺とその後のフツ族難民の大量流出は、世界に大きな衝撃を与えました。ルワンダでは1994年の春から初夏に至る100日間に国民の10人に1人、少なくとも80万人が虐殺されました。この死者は、比率からすればホロコーストにおけるユダヤ人の犠牲者のほぼ3倍となります。国連監視団は虐殺以前に情報を入手し、国連本部に緊急ファックスを送っていましたが、結局国連は何もしませんでした。現代でも、これほどの規模のジェノサイドが起きたことに、身震いします。

ツチ族とフツ族はもともと言語が同じで、遊牧民族と農耕民族の違いが、あるだけです。フツ族でも豊かになって牛を手に入れればツチ族とみなされました。しかし植民地支配者は、ツチ族は北のエチオピアからやって来た黒いアーリア人であり、ヨーロッパ人に近い高貴な民族であるのに対し、フツ族は下等な野蛮人とみなしました。差別を利用した分断支配の手法です。ルワンダは独立に至るまでにドイツ、ベルギーの統治下で、この神話は強化されました。

ツチ族は権力をほしいままにしました。独立をめぐってツチ族の支配者たちはベルギーと距離を置いて権力を維持しようとしたのに対し、ベルギーはフツ族支援にまわり、フツ族によるツチ族の大量虐殺が行われました。ルワンダ国内では、大統領を取り巻く北部のフツ族エリートたちが利権を独占したために、貧しいフツ族農民が多数存在していました。政府は貧しさをツチ族のせいにし、彼らの不満がツチ族に向かうように仕向けました。アフリカにおけるフランス語圏を守ろうとするフランスは、このフツ族政権を支援していました。

1993年、ハビャリマナ大統領は、亡命ツチ族からなるルワンダ愛国戦線の軍事的な圧力と民主化を求める国際的な世論に抵抗できなくなり、和平協定に調印しました。しかし利権を独占してきたフツ族支配層が反発。大統領が何者かに暗殺され、ツチ族の大量虐殺が始まります。ラジオのDJは「ツチ族の連中はゴキブリだから皆殺しにしろ」と扇動します。和平ムードが、血なまぐさい大量虐殺へと変化していくドキュメンタリーのような臨場感がすさまじいです。

フツ族のホテル支配人が、ツチ族をホテルにかくまって1200人以上の命を救ったという実話の映画化です。妻がツチ族で、家族を守りたいという動機が結果として多くの人を助けることになりました。けっして、英雄ではありません。そして武器は使わず、柔軟な対応や機知で困難な場面を切り抜けていきます。その支配人をドン・チードルが、見事に演じています。ルワンダの悲劇を的確に伝えつつ、緊密なストーリー展開で観る者を離しません。映画的にも素晴らしい出来です。

危険をおかして虐殺の場面を撮影したカメラマンに、支配人が「放送されたら助けが来る」と話す印象的な場面があります。これに対しカメラマンは「世界の人々は映像を見ても、恐いねと言うだけでディナーを続ける」と自嘲気味に語ります。ぐさりと刺さる言葉です。それでも、彼は報道のために映像を撮り続けます。言葉とは裏腹の希望を胸に秘めながら。ジャーナリストとしての冷静さと気骨を感じさせる場面です。

映画を見続けながら、自分ならどうした、何ができたと問い続けました。あの時、外国人としてルワンダにいたら、出国を拒否してとどまることくらいしかできなかっただろう。映画を観終わっても、自問は続きました。そうさせる力に満ちた映画です。



映画「アメリカ,家族のいる風景」、淋しさとともに、ほのかな温もりが伝わる

  • 2015.12.27 Sunday
  • 22:36




「アメリカ,家族のいる風景」(2005年。ドイツ・アメリカ合作)は、名作「パリ、テキサス」で脚本を書いたサム・シェパードとヴィム・ヴェンダース監督が、20年の歳月を経て再び取り組んだ作品です。サム・シェパードは、主演も務めています。

ヴェンダース監督の柔らかな感性が印象的です。アメリカの砂漠や田舎の風景を生かしながら、さまざまな世代の思いを過不足なく盛り込み、静かにドラマを盛り上げます。家族をテーマにしていますが、押し付けがましさは、微塵もありません。

「パリ、テキサス」は観ていて痛かったのですが、「アメリカ,家族のいる風景」の映像からは、淋しさとともに、ほのかな温もりが伝わってきます。そして、T−ボーン・バーネットの音楽が、この上ない優しさで作品を包み込みます。監督のアメリカに対する思いは、「ランド・オブ・プレンティ」と、この作品で対になっています。


元恋人ドリーンを演じたジェシカ・ラングの柔らかな強さが、この作品の核になっています。その意味では、彼女が主人公かもしれません。ジェシカ・ラングはサム・シェパードの実際のパートナーでもあります。

亡き母の骨つぼを抱えたスカイ役のサラ・ポーリーの切なさも、忘れ難いです。彼女の背中には、きっと見えない天使の羽根があるはずです。スカイの母親の写真は、サラ・ポーリー自身の母親である女優ダイアン・ポーリーの写真を使っています。



映画「DEATH NOTE the Last name」、予想を裏切るスリリングな作品に

  • 2015.12.27 Sunday
  • 22:01




「DEATH NOTE 前編」は、始まりにすぎませんでした。分かりやすく、まあまあ飽きずに観ることができた前編に比べ、後編「DEATH NOTE the Last name」(2006年、金子修介監督)は、怒濤のようなハイスピードで展開していきます。ライトとLの対決が中心ですが、その周囲の多くの人たちが、活躍します。良い意味で、予想を裏切るスリリングな作品に仕上がっていました。

子供たちを楽しませ、最後は父親のように子供に諭す。金子修介監督は、余裕を持って作品をつくっています。観客が固唾を飲んで見つめているからこそ、Lにひょっとこの仮面をかぶらせて、笑いを誘います。夜神月とLの冷徹な頭脳戦を引き立たせるために、アイドルの弥海砂に第2のデスノートを渡し、月に一目惚れさせます。さすが映画の職人。

前編のLは、エキセントリックな天才で松山ケンイチの演技も、怪演と評すべきものでしたが、後編の Lは、ずっと魅力的になりました。松山ケンイチの熱演に拍手します。デスノートを利用した捨て身の作戦、そして覚悟した静かな最後が、胸にしみます。月の父・夜神総一郎との最後の会話は、父と子のようです。「the Last name」という題名の深い意味が分かり、涙しました。



映画「トンマッコルへようこそ」は、朝鮮戦争を舞台にしたファンタジー

  • 2015.12.27 Sunday
  • 21:55




「トンマッコルへようこそ」(2005年)は、劇作家チャン・ジンの舞台劇を基に、これが長編デビューとなるパク・クァンヒョン監督が映画化しました。1950年代の朝鮮戦争を舞台に、山奥の平和な村に迷い込んだ敵対する兵士6人が、村人たちののんびりした生活に癒され、しだいに和解していく姿を描いています。

ああ、ジブリ的な世界だと思いました。過酷な現実を背景にしながらも、こうあってほしいという願いに満ちた牧歌的な村。備蓄していたトウモロコシが、手榴弾で爆発でポップコーンになり、空から降ってくるシーンから、ファンタジーの世界に入っていきます。

韓国軍兵士2人と北朝鮮人民軍の兵士3人が、和解し、信頼関係を築いていく過程は、伏線を張りながら、なかなか丁寧に描かれています。武器を知らない村人たちの、とぼけた暮らしも悪くありません。幸せな気持ちになります。どういう結末を用意しているのだろうと思いながら、見つめていました。

最後は、それまでの牧歌的な雰囲気を破り、アメリカ軍の空爆から村を守るために、別の場所から奇襲攻撃を仕掛けます。そして、村を守ることができたことに満足し笑顔で死んでいきます。私は納得できません。単純な反戦である必要はありませんが、犠牲死の美化はトンマッコルの世界自体を否定するに等しいと思います。



映画「ジャスミンの花開く」、チャン・ツィイーの七変化を楽しむ

  • 2015.12.27 Sunday
  • 21:28




「ジャスミンの花開く」(2004年)は、「初恋のきた道」「至福のとき」などチャン・イーモウ作品でカメラマンとして活躍してきたホウ・ヨンの監督デビュー作です。チャン・ツィイーが、上海に生きる母子3世代の女性を一人三役で演じた物語。茉莉花(ジャスミン)から一字を取って名前を付けられた祖母、母、娘が登場します。

チャン・ツィイー・ファンとしては、チャン・ツィイー七変化で、さまざまな表情を観ることができて満足ですが、映画としては御都合主義の感じがします。私が理解できないだけで、中国の歴史に対する皮肉が込められているのかもしれませんが。

1930年。映画スターを夢みる18歳の少女・茉(モー)。写真館を営む母と2人暮らしの彼女は、映画会社の孟(モン)社長に見い出され、新進女優として華やかな世界に飛び込みます。緑色を基調にした映像美が楽しめる場面です。1950年。茉の娘、莉(リー)は、労働者階級の青年と結婚しますが、悲劇が襲います。1980年。莉の娘、花(ホア)は、茉の反対を押し切り、地方の大学に合格した青年と結婚します。そして、だんだん展開が悲惨になっていきます。



映画「Sad Movie <サッド・ムービー>」、映画的な仕掛けがたくさん盛り込まれている

  • 2015.12.27 Sunday
  • 21:09




クォン・ジョングァン監督の「Sad Movie <サッド・ムービー>」(2005年。韓国映画)は、4組の男女の話が、ささやかに重なり合いながら展開されます。別れの物語が中心ですが、泣かせることを目的にした作品ではありません。別れが絆を確認させるような映画です。

映像に透明感があり、映画的な仕掛けがたくさん盛り込まれていて、とてもシャレた演出が多いです。ただ、消防士のビデオのアイデアだけは、やり過ぎだと思います。

心に残ったのは、公園で働く着ぐるみを着た白雪姫と七人の小人と似顔絵描きをしている青年のお話。そして、入院しているお母さんの若いときの日記を読んだ少年の心の変化。うまい演出だなあ、と感心しながら観ていました。「別れ代行」の仕事は、オチが見えていて、少し残念でした。



映画「ストロベリーショートケイクス」、深刻なストーリーなのに、爽やかな風が吹いている

  • 2015.12.27 Sunday
  • 20:39




「ストロベリーショートケイクス」(2006年)は、「三月のライオン」の矢崎仁司監督が、魚喃キリコのコミックを映画化しました。4人の女性が、懸命に生きる姿を描いています。「三月のライオン」のような、驚くべき構図ではありませんが、独創的なアングルが印象に残ります。そして、深刻なストーリーなのに、どこか爽やかな風が吹いています。見終わると4人の女性たちが、とても愛おしく感じます。男性の影が薄いのは、致し方ないでしょう。

大失恋を乗り越えて新たな恋の訪れを待つ里子は、デリヘル店「ヘブンスゲイト」の電話番をしています。彼女が密かにあこがれる店のナンバー1・秋代は、お金を貯めて5階以上のマンションを購入しようと考えています。ボケそうになったら飛び降り自殺しようと決めています。そして棺桶で寝起きしています。専門学校の同級生・菊地を強く想いながらも、「友達」でいようとしています。事務OLのちひろは、男に愛される事でしか自分の存在を確認できません。同居しているイラストレーターの塔子は、強く生きようとするあまり、過食と嘔吐を繰り返しています。

すごくリアルにアーティストの誇りと苦悩を演じていた岩瀬塔子が、とても気になりました。調べてみると、なんと原作者の魚喃キリコ本人でした。原作者が主役級で出演し、素晴らしい演技を見せます。そのことに深く感動しました。領域を超えて表現しようとするアーティストが好きです。



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