森鴎外は、文芸雑誌『しがらみ草紙』を創刊して文筆活動に

  • 2017.02.17 Friday
  • 07:58


 

 

森鴎外は、大学卒業後、陸軍軍医になり、陸軍省派遣留学生としてドイツでも軍医として4年過ごしました。帰国後、訳詩編「於母影」、小説「舞姫」、翻訳「即興詩人」を発表する一方、同人たちと文芸雑誌『しがらみ草紙』を創刊して文筆活動に入りました。

 

 


日清戦争出征や小倉転勤などで、森鴎外は一時期創作活動から遠ざかったものの、『スバル』創刊後に「ヰタ・セクスアリス」「雁」などを発表。乃木希典の殉死に影響され「興津弥五右衛門の遺書」を発表後、「高瀬舟」など歴史小説や史伝「澁江抽斎」等も執筆しました。


森鴎外は、晩年帝室博物館(現在の東京国立博物館・奈良国立博物館・京都国立博物館等)総長や帝国美術院(現日本芸術院)初代院長なども歴任しました。1922年7月9日午前7時すぎ、親族と親友の賀古鶴所らが付きそう中、腎萎縮、肺結核のために死去。満60歳没。

 





 

 

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