武田泰淳は、1947年北海道大学法文学部助教授に

  • 2017.02.12 Sunday
  • 13:24


 

 

1937年、武田泰淳は華中戦線に送られましたが2年後に除隊。1943年『司馬遷』刊行。終戦時には上海に滞在していました。日本に帰国して、1947年『蝮のすゑ』発表。同年、北海道大学法文学部助教授として勤務しました。

 

 


武田泰淳は1948年に『近代文学』の同人となり、作家活動に専念するため退職し帰京。1951年、昭森社社主の森谷均がオーナーで当時文学者が多く集まっていた神田の喫茶・文壇バーの「ランボオ」で働いていた鈴木百合子との間に子ができます。

 

武田泰淳は、戦時中に起きた知床岬沖で遭難した船長の食人事件をテーマに、1954年『ひかりごけ』を発表。この作品により前述の事件はひかりごけ事件と言われるようになりました。

 





 

 

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