「ふたりのベロニカ」は、くるおしいまでに切ない気持ちにさせる映画

  • 2016.03.02 Wednesday
  • 19:35




「ふたりのベロニカ」(1991年のフランス・ポーランド合作)は、クシシュトフ・キェシロフスキ監督の作品です。1991年の第44回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に選出され、女優賞(イレーヌ・ジャコブ)・国際映画批評家連盟 (FIPRESCI) 賞を受賞しました。

同じ名前、容姿、才能を持ち、別々の国に生まれた「ふたりのベロニカ」の運命を描いています。ポーランドのベロニカは、指の怪我でピアニストの道をあきらめ、アマチュア合唱団で歌っています。フランスのベロニカは、小学校の音楽教師をしています。ある日、小学校に巡業に来た人形劇の悲しい物語に心奪われます。

くるおしいまでに切ない気持ちにさせる映画です。世界のどこかにいるもう一人の自分が死に、その死者に救われて生きている。センチメンタルなテーマですが、監督の繊細な技法で情感豊かに仕上がっています。イレーヌ・ジャコブの豊穣な感情を振りまく熱演は特筆ものです。



カトリーヌ・ドヌーブ主演の「インドシナ」は、壮大なスケールの人間ドラマ

  • 2016.02.24 Wednesday
  • 21:26




カトリーヌ・ドヌーブ主演の「インドシナ」(1992年。フランス映画)は、レジス・ヴァルニエ監督・脚本の作品です。1992年のアカデミー外国語映画賞、ゴールデングローブ賞外国語映画賞などを受賞しました。

1930年代のフランス領インドシナが舞台です。独立運動が起こり始めた頃、インドシナを愛しつつ引き離されていくフランス人女性エリアーヌと、独立運動に身を投じたその養女カミーユの人生を描きます。

政治的にも人間ドラマとしても、スケールの大きな作品です。これほど壮大なフランス映画は珍しいと思います。フランスの歴史的な反省の上に立ち、インドシナとフランスの関係を力強く描きます。ドヌーブは美しいだけではありません。その固い決意のようなものが、この映画全体を支えていました。



映画「ドラキュラ」は、コッポラ監督らしい厚みのある映像作品

  • 2016.02.23 Tuesday
  • 22:49




「ドラキュラ」(1992年。アメリカ映画)は、フランシス・フォード・コッポラ監督らしい厚みのある映像作品です。キリスト教を守るために、トルコ人らを10万人以上くし刺しにして殺戮したドラキュラは、教会に裏切られて吸血鬼へと変身します。この辺の展開は納得できますが、最後に神の慈愛に救われるというハッピーエンドは残念でした。

ブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」を原作としています。ゲイリー・オールドマン演じるドラキュラ伯爵とウィノナ・ライダー演じるミナのロマンスが中心です。アンソニー・ホプキンスは司祭役とヴァン・ヘルシング役、ライダーはエリザベータ役とミナ役と、それぞれ二役を演じています。

ウィノナ・ライダーの熱演が印象に残ります。「ナイト・オン・ザ・プラネット」で、アイドルから性格俳優に急成長した彼女は、ミナ役を見事に演じ切りました。

B級スプラッター的な大げさな演出は、評価が分かれるでしょう。血の洪水、わざとらしいシーンの連続が、この作品をかえって平板にしていると思いました。



オケーエフ監督「白い豹の影」、ヘルツォーク監督「彼方へ」

  • 2016.02.22 Monday
  • 22:02




トロムーシュ・オケーエフ監督の「白い豹の影」(1984年)は、旧ソ連キルギス共和国を舞台に、大自然に生きる民族「白豹族」の様々な事件を通して、自然と人間の有り様を描いた作品です。ベルリン国際映画祭の銀熊賞を受賞しました。

500年前と現在を結ぶ「共生」のメッセージを、天山山脈を中心とする壮大な映像が支えています。特に大雪崩のシーンは文字通り「息を飲む」、稀に見る迫力でした。

同じ山に対しても、ヴェルナー・ヘルツォーク監督の姿勢は屈折しています。「彼方へ」 (1991年)は、「現代登山の父」と呼ばれるラインホルト・メスナーの原案を基に、パタゴニアの秘峰ヤトローレ山に挑む男たちの姿を描いたヒューマン・ドラマです。

ヘルツォーク監督の極限志向の舞台として、セロトーレ山の登頂が選ばれました。山と、その山に取り憑かれた男に焦点を当てて、時に淡々と、時にダイナミックに物語は進みます。ラストの瞠目すべき映像は、長く記憶に残ります。



映画「嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」、1960年代初めの台湾を多面的に描写

  • 2016.02.22 Monday
  • 21:41




「嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」(1991年。台湾映画)は、台湾ニューウェーブの一人、エドワード・ヤン監督の日本初公開作です。1961年6月に台湾で起こり、思春期だったエドワード・ヤン監督に衝撃を与えた、中学生男子による同級生女子殺傷事件をモチーフにした青春映画です。

1960年代初めの台湾を多面的に描写していきます。さまざまな世代の苛立ちとやり切れなさ。その一人ひとりを距離を置いて描く手法です。カチッとした構図と計算された色彩の中に、分かりにくい人間模様がしだいに浮かび上がってきます。

日本では188分バージョンが最初に劇場公開され、1992年6月から237分バージョンが劇場公開されました。第4回東京国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門審査員特別賞、国際批評家連盟賞受賞しました。1995年には、イギリスのBBCによる「21世紀に残したい映画100本」に選ばれています。



インディペンデント映画というジャンルを確立したジョン・カサヴェテス監督

  • 2016.02.21 Sunday
  • 21:33




ジョン・カサヴェテス監督は、1954年に映画俳優としてデビューします。1956年にドン・シーゲル監督の映画「暴力の季節」に出演し、ハリウッドの注目を集めました。1968年に、抵当に入れた自宅を舞台にインディペンデント映画「フェイシズ」を製作。内外で絶賛され、インディペンデント映画というジャンルを確立しました。インデペンデント映画に決定的な足跡を残した歴史的な監督です。

老いていく女優の苦悩、葛藤を描いた「オープニング・ナイト」(1977年) 、病んだ大人たちの複雑な人間模様とその間で傷つく子供たちを描写した「ラヴ・ストリームス」 (1984年)。しかし、カサベテスの映画では、そんな要約はほとんど意味がありません。

出演者の表情と身振りの共振。映像空間に私たちを引き込んでいきます。どの作品も、深刻で何の解決も示されないのに、何故か励まされます。得体の知れない映画の魔力があります。



映画「心の香り」、京劇という伝統を背景に様々な人間関係を的確に描いた秀作

  • 2016.02.21 Sunday
  • 19:39




映画「心の香り」(1992年。中国映画)は、スン・チョウ監督の作品です。音楽は「紅いコーリャン」のチャオ・チーピンが担当しています。

京京は、少年クラブ京劇班に所属する京劇役者です。幼いながらも将来を有望視されています。彼の両親が別居したので、母方のおじいちゃんに預けられます。年金生活者のおじいちゃんは、昔は有名な京劇俳優でしたが、引退しています。

京劇という伝統を背景に、さまざまな人間関係を的確に描いた秀作です。確かに大傑作ですが、江戸木純氏の「我々はこの作品を見るために中国映画を見つづけてきたと言っても過言ではない」は、いくらなんでも褒めすぎです。チャン・イーモウやチェン・カイコーに比べると、やや小さく固まってしまっていると思います。



ワン・チン監督の「五人少女天国行」、中国の重苦しい封建制度、女性差別を鋭く批判

  • 2016.02.21 Sunday
  • 11:36




ワン・チン監督の「五人少女天国行」(1991年)は、イエ・ウェイリンの短編小説「五個女子和一根縄」が原作です。中国解放前の貧しい寒村に生まれ育った5人の少女たちを描く青春映画です。1991年、モスクワ国際映画祭で特別賞と映画クラブ国際審査委員賞を受賞しました。

ある夜、嫁入り前の淑雲と仙女のやりとりを盗み聞きした5人は、甘美な伝説を聞きます。嫁入り前に首を吊った少女の霊魂は、白い鳥となって天空の花園へ飛んでいき、幸福になれる。数日後、5人は淑雲が首を吊ったことを知ります。

邦題から、美少女たちのファンタジーかと思いきや、中国の重苦しい封建制度、女性差別を鋭く批判していました。少女たちは、その抑圧から逃れようと集団自殺を試みますが失敗し、結婚させられてしまいます。

原題は「出嫁女」。「五人少女天国行」という邦題をつけた人は、相当ブラックユーモアがある人だと思います。



映画「こうのとり、たちすさんで」、難民の重層化した厳しい現実を叙情豊かに

  • 2016.02.20 Saturday
  • 23:23




テオ・アンゲロプロス監督・製作・脚本の「こうのとり、たちすさんで」(1991年。ギリシャ・フランス・スイス イタリア合作)は、国境近くの村にやって来たテレビ・レポーターを通して、難民や国境の問題を描く重厚なドラマです。

国境が難民を生み出し、難民は越境を試みる。孤独と離別とかすかな希望。ともすれば私たちが忘れがちな難民の重層化した厳しい現実を、叙情性豊かに描いてみせます。冬に観ると、雪の降る川と湖の舞台に、スッと入っていけます。

アンゲロプロス監督の映像は、時とともに発酵し、より鮮やかになっていきます。何年も経ってから、私の身体に深く根を下ろしていることに気づきます。「旅芸人の記録」(1975年)が、私にとってかけがえのない映画と実感したのは、初めて観てから5年も経過してからでした。

「こうのとり、たちすさんで」には、数々の秀抜なシーンがあります。浅田彰氏が「民族の歴史と個人の運命の交差を描いて荘厳というしかない」と指摘した「クルド人が内紛で殺された現場に夫人(ジャンヌ・モロー)が乗った汽車が入ってくる」シーンのほか、ホテルのバーで「少女」と主人公のアレクサンドロスが視線を合わせ、じっと見つめ合うシーン、国境を隔てる川の両岸で「少女」が行う結婚式、そして嵐で切断された電話線をつなぐため電柱に上がり、コウノトリのように見える難民たちの象徴的なラスト。いずれも忘れがたいです。

様々なテーマが盛り込まれていますが、私が特に感じたのは「名」の問題です。有望な政治家だった「男」(マルチェロ・マストロヤンニ)は、失踪した直後の電話で「夫人」に名前さえないのだと話します。ベッドを共にした後、アレクサンドロスは「少女」に「誰かの名を呼んだね」と言い、それが国境で隔てられた幼なじみとの結婚シーンにつながっていきます。今あらためて「名」というものの重要性をかみしめる必要があると痛感しました。



アウグスト監督の「愛の風景」、ベルイマンの自伝的脚本を独自の映像感覚で映画化

  • 2016.02.20 Saturday
  • 23:06




「愛の風景」(1992年)は、イングマル・ベルイマンの自伝的脚本を、ビレ・アウグスト監督が、映画化しました。正確には、テレビ作品として作られたものを劇場用として180分に再編集したものです。1992年カンヌ国際映画祭パルム・ドール、そしてペルニラ・アウグストが女優賞を受賞しています。

制作は、スウェーデン・デンマーク・フランス・イギリス・ドイ・イタリア・ノルウェー・フィンランド・アイスランド合作と、すごいことになっています。

神学校に学ぶ青年ヘンリクは、上流階級の娘アンナと周囲の反対を押し切って結婚します。しかし育った生活環境の違いや信仰の問題で対立し、別居を繰り返します。

ベルイマンの両親を描きながら、1910年のスウェーデンを描写し、雄大なスケールを持っています。アウグスト監督は、巨匠ベルイマンの脚本に負けることなく、十分な距離感を保ち、独自の映像感覚を発揮していました。

ベルイマン特有の裸形の感情のぶつかり合いを静かに包んでいます。両親は対立しつつも妥協し、結婚を誓います。しかし波乱に満ちた生活になることは十二分に予感できます。そして母親のお腹の中には、ベルイマンがいるのです。こんなにも辛いハッピーエンドは珍しいです。



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