ヒスイは人気が高い宝石で、秦の始皇帝の遺体もヒスイで覆われていました

  • 2015.12.05 Saturday
  • 08:41




ヒスイ(翡翠)は、深緑の半透明な宝石です。東洋(中国)、中南米(インカ文明)では、古くから人気が高い宝石であり、金以上に珍重されました。古くは玉(ぎょく)と呼ばれました。

不老不死、生命の再生をもたらす力を持つと言われ、古代では遺体全体を玉で覆いました。秦の始皇帝の遺体も玉で覆われていたといいます。中南米の王族の墓でも、同様の処置が行われていました。

中国では、ヒスイは他の宝石よりも価値が高く、古くから腕輪などの装飾品、器、精細な彫刻をほどこした置物などに加工し、利用してきました。ニュージーランドやメソアメリカでは、まじないの道具としても使われていました。

ヒスイは、非常に壊れにくいので先史時代には石器武器の材料でした。ヨーロッパでは、ヒスイで作られた石斧が出土しています。日本では、古代に糸魚川で産出する硬玉のヒスイが勾玉などの装飾品の材料とされていました。

世界で最初にヒスイを使ったのは、約5000年前の縄文前期末の人々です。世界最古のヒスイ大珠が、山梨県で見つかっています。

宝石に光の効果で猫の目のような模様がでるキャッツアイ

  • 2015.12.05 Saturday
  • 08:35




キャッツアイは、金緑石(クリソベリル)の変種で、猫睛石(びょうせいせき)ともいいます。宝石に光の効果で猫の目のような模様がでるので、正確には「クリソベリル・キャッツアイ」と呼びます。

クリソベリル・キャッツアイの産地は、ブラジルやスリランカが有名で、地色が蜂蜜色をしているカボションに、白い色のはっきりした目が出て、いわゆる「ミルクと蜂蜜効果」されるものが価値があるといわれています。

同じクリソベルに属するアレキサンドライトにも、稀にキャッツアイが表れることがあります。ただでさえ高価なアレキサンドライトにキャッツアイの価値が加わり、数ある宝石の中でも最も稀少価値があります。一級のダイアモンドにも劣らない価格で取引されます。

アレキサンドライトは産出量が少なく「宝石の王様」と呼ばれることがあります

  • 2015.12.05 Saturday
  • 08:34




アレキサンドライトは、1830年にロシア帝国ウラル山脈東側のトコワヤのエメラルド鉱山で発見されました。昼の太陽光下では青緑、夜の人工照明下では赤に色変化をおこす他の宝石には見られない性質が発見されました。

アレキサンドライトは、当時のロシア皇帝ニコライ1世に、献上されました。ロシア帝国皇帝に献上された日の4月29日が、皇太子アレクサンドル2世の12歳の誕生日だったため、 この宝石にアレキサンドライトという名前をつけました。

アレキサンドライトは、産出量が少なく、非常に高価で、発見されてからまだ日が浅いですが、ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルドにこの石を加え、五大宝石として扱われたり「宝石の王様」と呼ばれることがあります。

アレキサンドライトは、3カラットより重く、青緑から鮮紅へと美しく色変化のおきる石は皆無に近く、たまに出てきても裸石の状態では他の宝石で考えられないような高値がつけられています。

サファイアは、インドの仏教徒の間で宝石の中でも特に尊重されました

  • 2015.12.05 Saturday
  • 08:32




サファイア(蒼玉)は、コランダムの変種で、ダイヤモンドに次ぐ硬度の赤色以外の色の宝石です。語源は「青色」を意味するラテン語です。かつて青色のサファイアは、油絵に使われる顔料でした。

サファイアは、一般に濃紺あるいは青紫色をしたものと考えられていますが、濃赤色以外のあらゆる色、例えば黄色や茶色、薄紅色などのものもサファイアと呼びます。青紫色以外のものは、ファンシーカラーサファイアです。

インドでは、ヒンズー教徒の間でサファイアは、不幸をもたらす不吉な石とされていました。しかし、インドの仏教徒の間では異なり、宝石の中でも特に尊重されました。

サファイアは、東洋から古代のヨーロッパに伝わりました。トラヤヌス帝(ローマ)の時代以降には、インドとの交易が盛んになり、サファイアについての信仰も、中世にかけて広まっていきました。

キリスト教では、中世から司教の叙任のしるしとしてサファイアなどを付けた指輪が与えられました。人差指に、はめました。マルボドゥスの「宝石誌」で、サファイアが指輪の宝石にふさわしいとされているのは、このためです。

1783年、ロメ・ド・リールというフランス人によって、ルビーとサファイアが同じ成分であることが分かりました。

エジプトでは、クレオパトラもエメラルドを愛用

  • 2015.12.05 Saturday
  • 08:00




エメラルドは、ベリル(緑柱石)の一種で、強い緑を帯びた宝石です。和名は、翠玉(すいぎょく)。内部に特有の傷が無数にあり、これが天然ものの標識ともなっています。明るく濃い緑色のものが最上級とされています。

エメラルドは、硬度自体はかなり硬いですが、内部に多数の傷があるため、衝撃に極端に弱いのが特徴です。指輪の台に取り付けただけで割れることもあり、職人泣かせの石と言われています。

エメラルドの語源はサンスクリット語で「緑色の石」を意味する「スマラカタ」。ラテン語で「スマラグダス」と変化し「スマラルダス」という俗語に変わります。さらに古フランス語で「エスメラルド」に変化し「エメラルド」になりました。

エメラルドの歴史は古いです。ギリシア時代、アリストテレスの弟子テオフラストスの「石について」に登場し、エジプトの紅海に近い砂漠で発見されたといいます。

プトレマイオス朝エジプトでは、クレオパトラもエメラルドを愛用し、シーザーは治療のためにたくさん集めたと伝えられています。このことから富と権力の象徴でもあったとされていました。

ローマ帝国時代のプリニウスの「博物誌」では、エメラルドはダイヤと真珠に次ぐ、第三位の宝石とされています。皇帝ネロはエメラルド製のモノクルを所有していたと伝えられています。ポンペイなどの遺跡からは、エメラルド製品がよく出土します。

かつてルビーは、全宝石中で最も貴重とされていました

  • 2015.12.05 Saturday
  • 07:51




ルビーは、コランダム(鋼玉)の変種です。ダイヤモンドに次ぐ硬さの赤色が特徴的な宝石です。天然ルビーは産地がアジアに偏っていて、欧米では採れません。宝石にできる美しい石が採れる場所は、極めて限られています。

かつてルビーは、全宝石中で最も貴重とされていました。ダイヤモンドの研磨法が発見されてからも、人工合成ができるまでは、ダイヤモンドに次ぐ宝石として扱われていました。

ほとんどのルビーは、玄武岩や変成岩、大理石などの岩石中に存在します。ミャンマーでは「ピジョン・ブラッド」(ハトの血)と呼ばれる最高級のルビーが得られます。

ルビー成分の中にルチルの針状結晶が混ざることによって反射光が星状に見えるものは「スタールビー」と呼ばれ、珍重されています。

中世から、ルビーと呼ばれ始めます。アラビアやペルシアでは、ルビーに病気を治す力があると信じられていました。インドでも、ルビー粉が秘薬として用いられたことがあります。

1902年、フランスの化学者オーギュスト・ヴィクトル・ルイ・ベルヌーイによって、商業用の宝石としては初めて人工合成法が開発・発表されました。ベルヌーイ法(火炎溶融法)です。

ヨーロッパ史上最大のルビーは、1777年サンクトペテルブルクを訪れたスウェーデン王グスタフ・アドルフがロシアのエカチェリーナ女帝に贈ったルビーで、小型の鶏卵程度の大きさがありました。

1955年3月、人類初のダイヤモンド合成成功

  • 2015.12.05 Saturday
  • 07:46




ダイヤモンドの採掘は、鉱床近くの河原などで鉱石を探す方式が主流でしたが、1867年にオレンジ自由国と英領ケープ植民地との国境付近でダイヤモンド鉱床が発見され、母岩を粉砕して鉱石を探す方式が主流になりました。

ダイヤモンドのカリナンは、1905年に南アフリカで発見されました。カット前の原石は3,106カラットあり、合計1,063カラットの105個の宝石が得られました。当時のイギリス国王であるエドワード7世に献上されています。

1955年3月、米国のゼネラルエレクトリック社が高温高圧合成で人類初のダイヤモンド合成に成功したと発表しました。発表後に、スウェーデンのASEA社が数年前にダイヤモンド合成に成功していたという発表を行いました。

紛争地で採掘され密売されるダイヤモンドを、紛争ダイヤモンドと呼びます。紛争の財源となっています。2002年11月、紛争地からのダイヤモンド輸出入の禁止を目的としたキンバリープロセス認証制度が制定されました。

ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルドは、四大宝石と呼ばれます。あなたは、どれが一番好きですか?

  • 2015.12.05 Saturday
  • 07:36




Twitterで「ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルドは、四大宝石と呼ばれます。あなたは、どれが一番好きですか?」と質問しました。2,714人が回答してくれました。

結果は「ダイヤモンド」35%、「ルビー」16%、「サファイア」27%、「エメラルド」22%。ルビーが一番不人気でした。

ダイヤモンドという名前は、ギリシア語の「征服し得ない、屈しない」に由来しています。

ダイヤモンドは、炭素の同素体の1つで、天然では最も硬い物質といわれています。日本語で金剛石と言います。結晶構造は多くが8面体で、12面体や6面体もあります。宝石や研磨材として利用されています。

ダイヤモンドは、マントル起源の火成岩であるキンバーライトに含まれます。マントルの高温・高圧状態の炭素が地表近くまで一気に移動することで、グラファイト(黒鉛)への相転移を起こさなかったと考えられています。

20世紀初頭では、真珠はダイヤモンドより高価な宝石

  • 2015.12.04 Friday
  • 08:05




20世紀初頭、ヨーロッパ資本が真珠の価格をコントロールしたため、真珠はダイヤモンドより高価な宝石でした。

古くから日本は、真珠の産地として有名でした。日本書紀や古事記、万葉集には、真珠の記述があります。「魏志倭人伝」には邪馬台国の台与が曹魏に白珠(真珠)5000を送ったと記されています。

日本の真珠は、アコヤガイから採取されていました。日本以外で採れる真珠に比べ小粒でした。ただ日本の真珠の美しさはヨーロッパまで伝えられ、コロンブスも憧れていたといいます。

1893年、日本の東大三崎臨海実験所の箕作佳吉の指導をうけた御木本幸吉が、英虞湾神明浦で養殖アコヤガイの半円真珠の生産に成功します。そして1905年、英虞湾の多徳島で真円真珠の生産に成功します。

日本の養殖真珠の発明は、球体に削った核を、アコヤガイの体内に外套膜と一緒に挿入して、真珠層を形成させる方法です。

1907年、見瀬辰平が初めて真円真珠に関し特許権を獲得します。続けて西川藤吉が真円真珠生産に関し真珠形成法の特許を出願します。現在の養殖貝による真珠生産の技術は、これらの技術に負うところが大きいです。

イギリスが養殖貝による真珠は偽物だとし、パリで真珠裁判が行われました。1924年5月24日、天然と養殖貝による真珠には全く違いが無かったので全面勝訴します。養殖真珠が大量に市場に出回るようになり、真珠の価格は暴落しました。

真珠の養殖技術と販売ビジネスモデルを獲得した日本は、ヨーロッパ資本によって支配されていた真珠市場に進出し、世界のシェア9割を占めるようになりました。

1960年代後半、ミニスカートの流行など、従来のファッションの傾向が大きく変わり、世界の真珠の需要が激減しました。日本の真珠業者は、その後は国内市場を中心に販売しています。

真珠は、有機質とアラレ石の薄層構造を持つ生体鉱物

  • 2015.12.04 Friday
  • 07:57




真珠は貝の体内で生成されるため、生体鉱物(バイオミネラル)と呼ばれています。貝殻成分を分泌する外套膜が、貝の体内に偶然に入りこむことで天然真珠が生まれます。成分は貝殻と同じです。

真珠層は、カルシウムの結晶(アラレ石)と有機質(タンパク質コンキオリン)が交互に積層しています。有機質とアラレ石の薄層構造で「多層膜干渉」現象がおこり、真珠特有の虹色が生まれます。

真珠は、「月のしずく」「人魚の涙」と呼ばれて、世界各地で古くから宝石として珍重されてきました。その希少性から薬としての効能が期待され、服用される例もあります。

真珠は、エジプトでは紀元前3200年頃から知られていました。クレオパトラが酢に溶かして飲んでいたと伝えられています。中国では紀元前2300年、ペルシャで紀元前7世紀、ローマでは紀元前3世紀から真珠が用いられていたという記録があります。

スペイン人がアメリカ大陸を侵略していた時、ベネズエラという真珠の一大産地を発見しましたが、採掘のために現地の先住民を酷使し、絶滅させてしまいました。

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM